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高校野球×坊主頭×世間も「高校生らしく見ていて清々しい」?

今年はオリンピックの時期と重なり世間の注目の度合が少ないような気のする夏の高校野球の優勝高が決まったようです。

「ようです」というのは個人的にはあまり興味が無いからです。野球は幼少の頃からよく日が暮れるまでやっていた好きなスポーツで今でも興味の対象ではありますが、どうも高校野球は・・・特に甲子園の高校野球は・・・。

高校生が一つの事に打ち込み常に全力でプレーする姿は心打たれますし、感動もします。しかしながらその高校生球児を取り巻く環境がどうも私には受け入れにくい。この環境とはあたりまえの様に思われているが随分おかしなものだと思っています。

この環境の影響で清々しくハツラツと感じるはずの高校野球も私には不当に「飼いならされている」と映ってしまいます。

まずこの環境は球児に坊主を強要します。甲子園で野球がしたいのなら坊主頭に。高野連や県連が働きかけているかは分かりかねますが何らかの示唆があるのでしょう。長年続いている慣習なので球児も当然と考えていてこれに従う事に違和感の無い人が多いかもしれません。
また幼少の頃から真剣に野球に打ち込み続けてきた人なら当然坊主も已む無しという選択に至るでしょう。

高校生くらいの年には人は「個」をしっかり確立していくものだと考えていますが、坊主の強要は多感で大事な時期にいきなり「個」の否定を行うわけです。

強い軍隊を作るのならこれはかなり有効な手段です。軍隊は塊、集団として最強を目指すものでその末端の「個」は否定されるべきです。
問題は高校野球を取り巻く環境が軍隊のあった時代の「におい」を濃厚に受け継いでいる事です。

坊主の強要はもちろんですが、上官への絶対服従、つまり監督、審判に文句など絶対に言えない事。試合中の明らかな誤審に対して「それはどうなの?」とも言えないと元高校球児から聞いた事があります。

見た目では伝統と言ってしまえばそうですがおそらく戦後あたりからモデルチェンジしていない古めかしいユニフォームを着る伝統高、それに試合開始を告げるサイレンなんてものまで戦時を感じさせます。

後に書いた方はどうでもいい事ですが、前者の方は問題があります。将来プロになって野球で飯を食って行くというなら目標の為に「個」を捨て坊主にし監督に対して従順になり(軍隊式?を受け入れ)技術を磨くというのもひとつの方法ですが、他の者は「個」を確立していくべき初期の段階で、「個」の否定を受け入れ、間違っている事に間違っていると言えない教育を受ける。

高校球児の上に立つ指導者は勝つ為の(軍隊の)指揮官である前に一人格者、一教育者であることが望ましいが特に甲子園に出るような強豪校の指導者は勝つ為を優先してしまうのでしょうか。

そうなるとやはりある程度の軍隊式が有効になり、上官には絶対服従となる。余程の人格者でない限りこの指導者は球児に対し倨傲になにがちです。
(今朝の新聞の記事を見る限りでは優勝高の監督さんは例外で熱心な指導をする選手思いの人らしいです。「ベンチ入りできなかった生徒にいい報告が出来ます」と言えるあたりもそう感じさせます。)

また戦術面でもすっきりしていない事が多く。たとえば相手のピッチャーが立ち上がり制球を乱していて先頭打者が四球で塁に出る。この回にたたみ込めば勝負を決められる可能性を捨て次の打者に最初のストライクを送りバントをさせ先取点である1点を取りに行く。負けたら終わりのトーナメントだからこれが常套。なんとケツの穴の小さい考え!

甲子園に出るような球児は小さい頃から河川敷の野球場などで暗くなっても練習し、その後も野球に対して鍛練に鍛練を重ね数えきれない数の素振りをし野球人として磨かれたレベルに達しやっと辿り着いて晴れの舞台であるこの打席に立っている!この素晴らしい野球人に対してバントのサインを出す。制球を乱している投手がいくらカモに見えていてもバントをする。

プロにでもならない限りおそらく野球人として最高の舞台。幼少の頃より磨き上げた技を存分に発揮させてやる事は出来ないものか?ピッチャーは全力投球。バッターはそれを迎え撃って渾身のスウィング。勝ち負けはその結果。正々堂々の勝負を楽しみにしている私にとっては「環境」に指示された小細工が多すぎる。(バントも磨かれた技術の一つだという考えもあると思いますが、さすがに幼少の頃からバントを一番に磨いてきた人はいないでしょう。)
またこのバントも「個」を犠牲にする犠牲的精神を連想させ、前述の「個」の否定、軍隊式に結びついてしまう。

話は逸れますが、オリンピックで先日の女子柔道で谷本選手が全て一本勝ちで優勝しました。
彼女はこの大会の前のインタビューで足取りや指導狙いの柔道に対し苦言をし、私は正々堂々一本を狙った柔道するときっぱりを言っていました。優勝は勿論ですが、この発言がすっきりとしていて素晴らしい。男らしい(失礼)。

彼女の師匠は一本背負いで知られた古賀元選手ですから彼女の柔道もこうなったのでしょう。古賀元選手は非常に魅力的な柔道家でした。彼女は古賀元選手から良い師承を受けました。師弟共に昔にあった「武士道」の風を思わせます。(今も一部の人は持っているはず。)
この師承というのは重要な事で、ほとんどの人がよく考えてああしたいこうしたいと言っても大した事が出来る訳でもなく、良き師に巡り合って初めて大成する事があります。

高校球児は軍隊式を取り入れる師匠からどんな師承を受けるのでしょうか?考えただけでもゾッとします

話を戻します。
これらの理由から高校野球に興味が無いのですが、この慣習が今後いつまで続くのでしょうか?私たちはは絶対という教えを持たず、生きて行くのに強力な規範となるような縛りを持ち合わせていない土壌で代々生活してきています。

その絶対というモノがないために、しばしばおかしなモノが絶対になってしまいます!

得体が知れない「世間」というものが幅を利かせています。この「世間」には抗い難く、ほとんどの人がこの「世間」に対して恭順の態度を示します。
「世間」は「個」の否定さえ容認している感じもあります!!
「世間」が「個」の否定を認めてしまうと、「個」を確立する事は非常に困難な事になります。

高校球児は坊主にして一心不乱に野球に専念するべきだ!それが当たり前でそういう姿こそ高校生として清々しく感じるという人がいればこれは球児を一人格として認めていない事に他なりません。

この考えは高野連などには当然のものとして存在しているでしょう。高野連は意味のない前時代的な考えに固執し発展性を全く感じない機関です。意味の無い事だけならまだいいのですが、どうにも害が多い気がします。特に17,18歳の子の「個」の確立という事についてです。その「個」の確立を押さえつけている象徴的なモノが強要された坊主頭です。

坊主の強要について批判的になったのは中学の時です。

野球でない運動部に所属していましたが練習中殴られる事蹴られる事もあり厳しい部でした。それでも細々した事で納得出来ない事はありましたが、大まかには不満に思う事はありませんでした。結構技術も付き3年時には創部以来最高の成績を残す事ができました。

引退した後のある朝、後輩に校門の所で出くわすとツルツルの丸坊主になっていて「何か悪い事でもしたのか!」と大笑いしました。
話を聞くと、なんでも新人戦で不甲斐ない結果に終わったとかで、その為すぐにミーティングがあり、今すぐ帰って全員ツルツルの坊主にして来い!と言われたそうです。
後輩は誰も練習熱心で好感が持てるヤツばかりでしたがいきなり坊主の強要。私が1年の時に新しく加わった体育大卒のサブ顧問の命令だそうです。彼の落胆ぶりが明らかで気の毒でした。別に文句は言いませんでしたが非常に納得出来ない気分でした。結果が出なかったのは教え方のまずさだろうとも思いました。

大体坊主にしたら強くなるとかいう時代錯誤の不条理な考え方が気に入らないし、げんにバカげています
親も「若い頃のいい経験だから」とかいう人がいるが、何の経験のなるのか全く分からない!!飼い馴らされた人の気分が分かるくらいだと思う!!

何かを成し遂げる為に何かを犠牲にするというのは時には必要な事ですが、坊主にしたから成し遂げられるとかいう馬鹿げた考えは理解を超えており、これは統御する者の飼い馴らしのための一手段でしかない・・・・と思う。
今の時代坊主頭の強要が必要なのは軍隊と本物の坊さんだけでいいのでは!(まさか高校生に俗世間を離れてプレーに打ち込めと言っている訳でもないでしょう。)

今回触れた高校野球をしている子は17,18歳。この年齢になったら世間も彼らを「個」として認めるべきです。
それを世間は強要された坊主頭を見て高校生らしくて見ていて気持ちがいいなどと言う社会としての成熟がもっと求められるべきだと思います!

ここまで読んでくださった方、全く個人的でネガティブな坊主論に付き合ってくださり有難う御座います。最後に感動した坊主エピソードを。

かなり前の事になりますし記憶も曖昧です、何処の国で小学生が高圧線の影響だったか病気だったか忘れましたが頭の毛が抜け坊主頭になり落ち込んでいると、クラスメイトが彼の(彼女の?)気持ちを思いやり、さびしい思いをしないで済むように男子全員が坊主にしたそうです。
この話を聞きつけ、取材に来た撮影クルーのカメラに向かって坊主頭の全員がきらきらした笑顔。全くスカッとする気持ちがいい坊主頭!!こんな坊主頭なら毎日見たいものです(笑)。

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