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里山散策のススメ

明けましておめでとうございます。
4日から仕事の人も多いでしょうが、まだ休みが続く人も多いと思います。
年末年始の休み、忘年会、新年会とこの時期、体を動かす機会が無い事に反比例する様に食べたり、飲んだりする機会が増え、休み半ばにして体重が○キロ増えた!とびっくりしている人も多いのではないでしょうか?
個人的にこの時期、里山散歩がかなりお気に入りです。(メタボ対策?)
家からはちょっと離れた所ですが、里山全体が公園になっていて歩くコースも豊富で、かなりの運動にもなります。
Satoyama8         





ちょっと前の紅葉のシーズンのモノです。



今の時期は広葉樹の葉が完全の落ち、少し寂しい感じですが、それがまた心地良くもあります。
この里山は管理が行き届いており、落葉の時期が大体終わると、大量にあった落ち葉がきれいに取り除かれます。歩いている人なんてほんの僅かですが、ほとんどの里山内の道には少ししか落ち葉が残っていません。里山が広大なだけにかなりの労力だと思うのですが・・・・ 更に感心する事は道の脇の草むらに落ちた枯葉までが取り除かれている事です。管理する側の人の里山への愛着が感じられ、また。里山に対して深い理解のある人達が関わっているのでしょう。

里山とは日本の農耕文化を象徴するものです。人々は田畑に必要な堆肥になるものを里山からもらい、生活をする為に必要な燃料になる物も里山からもらう。里山への依存度はかなりのもので、里山によって生かしてもらっているとも言えます。
里山周辺の人々が入れ替わりで里山の下草、枝、落ち葉などを持っていくので、里山の中はきれいに掃かれているような状態になり、腐植土が堆積する事が無く、草木が欝蒼と育つ事も無く、明るい空間になっています。樹木としては松などが象徴的です。こんなモノが里山と呼べる山だと思っています。
とココまで言った事は昔の話であり、今は農業をやっている人も少なく、燃料も山に入って取る人も居ないので、里山も当然、時代と共に変わってしまい、とても里山とは言えないものになる。はずですが、ココでは里山が守られている!日本の農耕文化の象徴である里山に深い理解のある人がいる!という事が何だか嬉しく、この場所をとても気に入っている訳です。

Satoyama7




新緑の時期にはこんなに鮮やかな緑の空間に!



里山内の道を進んで行くと奥にひっそりと神社があります。年末に行ったところ、ビニール袋に入ったお米が供えてありました。今でも少しだけこの周辺にも田畑が残っているので、そこで無事に収穫できたモノを里山の神様に持ってきたのでしょうか?この習慣はかなり昔から続いているのでは?何だかいい気分になります。
この神様への感謝の習慣といい、里山の風景といい、昔から変わらないモノがある。何かホッと出来る空間です。みなさんの何代か前のご先祖様も(それ以前もずっと)このような習慣、風景に包まれて田畑を耕して一生を過ごしたはずであり、里山に足を踏み入れれば同じような気持ちになるのでは???

私は全く信心深く無く、ばちあたりな人間ですが、里山に入ると不思議と里山の神様の存在を信じてしまいたくなります。特にこの時期、閑散としていて、穏やかな日差しがあるこの空間にいると強く感じます。
圧倒的な質と量の建造物、絵画、彫刻、音楽などの芸術、繰り返し繰り返し高度なものになった修辞などによって人々の信仰を集めた神様よりも、何も語らずひっそりと里山の片隅の小さな神社で薪を拾いに来る人々をそっと見守っていた神様を信じてしまいたいと思っていまう私は間違いなく里山の周辺で先祖代々畑を耕していた「里山によって生かしてもらってきた」人達の末裔でしょう。

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